大学時代の思い出の街を訪ねる休日(後編)

写真撮影/動画撮影

Retriever666をご覧いただきありがとうございます。回収犬(@retriever666)です。

前回の記事に引き続いて、大学時代の思い出の街について書いていきます。前回の大学時代の思い出の街を訪ねる休日(前編)では泉北高速鉄道の泉ヶ丘駅とその周辺について書きました。後編では三国ケ丘深井なかもずについての思い出と写真を載せていきます。

大学時代の日々を思い出しながら、懐かしい駅を訪ねる

泉ヶ丘駅を後にし、なんば方面への電車に乗ります。時間も夕方ということで、3限まで授業があった日の帰宅時間と大体同じ。自然と大学時代の日々が蘇ります。

深井駅の思い出

泉ヶ丘駅の隣の駅、深井駅
大学時代はちょっとした事件を経験したりしたぐらいで、特に思い出らしいものはない駅でした。

少しくたびれた駅名標。こういった駅名標って気がつけば新しくなっていたりするので、撮っておけばなにか思い出になるかなと。

ちょっと電車をおりて、駅の外へ。深井駅といえばあまりみることのないドムドムバーガーがあるのが特徴でしょうか。

深井駅で電車を降りて経験した修羅場

深井駅といえば修羅場的なものを経験したことがあります。
他大学の友人Aとその女友達Bで呑みに行った帰り、Bが「家で呑み直そう。彼氏いるけど大丈夫(AとBの彼氏は友人)」というので少し不安を感じつつも、途中のコンビニで酒やつまみを買い遊びに行きました。

深井駅から少し歩き、Bの家につくなりいきなりAの態度が気にくわないのかBの彼氏さんとAの喧嘩勃発。いきなりすぎて驚いた僕は買ってきた2lのペットボトルの水を持ったまま立ち尽くしてしまったのです。 (・_・) つ水

その事件後、深井駅で降りたことはほぼありませんでした。

なかもず駅の思い出

ちょっと都会っぽい駅、なかもず

南海高野線と泉北高速鉄道の分岐となる駅で、大阪市営地下鉄の起点もあることから朝夕は結構人が多かった印象があります。

比較的駅設備がレトロな南海電鉄。ここ最近は行先表示の電光掲示板や液晶ディスプレイへの更新がすすんでいますが、なかもず駅の行先表示はいまだにこのタイプ。

電車が発車するたびに、ぱたぱたぱたと表示が変わるのが面白いのですが、あと何年使われるでしょうか。

なかもず駅で経験した苦行

なかもず駅近くの業務スーパーで、文化祭に使う物資の買い出しを頼まれたことがあります。秋風吹く寒い雨の日でした。物資の買い出しを指揮するのは頼りない先輩。水や小麦粉、調味料など数十キロになる物資を買い終わり、僕は気がつきました。

「ところでこの荷物、どうやって大学まで持っていくの?」

先輩「それじゃ手分けして電車とバスで大学まで運びましょう」

僕、同期「」

大荷物をもって車内に乗り込む怪しげな若者数人に対する怪訝な目に耐え、どんどんなくなる腕の筋力をなんとか維持し、大学まで物資を運び入れた時は感動すら覚えました。

肝心の文化祭の収益は雨と立地条件とその他諸々で大赤字でした。

三国ケ丘駅の思い出

泉ヶ丘駅と並び、僕の大学時代を振り返ると三国ケ丘駅の思い出もたくさんあります。

阪和線と南海高野線の乗り換え駅。はじめてこの駅で降りたのは中学生の頃だったはず。その時は自分が通学で毎日利用する駅になるとは思っていなかったでしょうね。

僕の大学生活のスタートと同時にリニューアル

大学1年の夏休み後ぐらいにリニューアルされ、南海電鉄側の駅舎が立派なものとなり大学生活を通してよく利用することになった本屋ラーメン屋コンビニも開店しました。

リニューアル前は、JRの改札でるとすぐに南海電鉄のホームだったのですが、リニューアルに伴い乗り換えが少し不便になり、電車に乗り遅れることもしばしばありました。

南海電鉄の上りホーム。レトロな外観の南海6000系電車と近代的な駅舎の対比が面白い。

はじめて座席に座った時の衝撃を忘れることができない泉北7000系電車。あの座席のふかふか度はやばい!

リニューアル前の名残を発見。駅って少し時間をおくと全く違う構造になっていたりしますが、時々こうやって残ってる看板などをみるとなんだか楽しくなります。

駅舎屋上の「みくにん広場」からの風景。時々、駅近くのたこ焼き屋でたこやきを買い、ぼーっと電車を眺めることがありました。

三国ケ丘駅周辺を散歩

改札を出て、駅周辺を散歩することにしました。

毎朝見ていた南海電鉄の改札。またしばらく見ることがなくなる風景なので、しばし立ち止まってみる。

三国ケ丘駅周辺では、ホームセンターや家電量販店で大学帰りに買い物したり、和歌山にはないなか卯に行ったり、ラーメン店でビールとラーメンで夕食をとったりとしていた思い出があります。

ちなみにこの日の夕食は、久しぶりに大学時代によくいっていた駅ナカのラーメン店「ス・ス・ル」でとりました。懐かしい味に箸もすすみました。

駅前ロータリーを眺めてみる。もし堺市内で住む機会があれば、三国ケ丘で住みたいと思う。

過去を振り返る旅の終わりは、JR三国ケ丘駅下りホーム

大学時代の思い出という過去を振り返る旅もクライマックス。JR三国ケ丘駅下りホームで最後となりました。

大学時代は目的地、社会人となった今は通過駅。いつも帰りの電車を待っていたホームはあの日のままでした。

和歌山方面への電車が発着する下りホーム。雨の日も風の日も、人身事故で電車が大幅に遅延した日も僕はここから電車に乗り、地元・和歌山へ帰りました。

ホーム上にある機械。大学1年の頃から思っていたんだけど君は一体なんの機械なんだ?

ふと見上げた夕方の空は雲ひとつない青空でした。

帰りの電車が来るまでの間、しばらく反対ホームや通過していく電車を眺めていました。少し肌寒くなってきた夕方の下りホーム、なんだか大学生だった頃の自分になったような気がしました。

それにしてもJR阪和線は、水色の古い103系が引退したことで223系と225系ばかりになっていました。大学生の頃はまだまだたくさん103系が走っていたので、撮っておけばよかったなと少し感じました。

青空と対象に足元は日陰で薄暗く、混沌とし憂鬱な僕の社会人生活を表しているかのようです。いつか足元が日向になることはあるのでしょうかね。

さようなら大学生活

大学3年の夏にはじめたスーパーのバイト、バイト終わりに帰りの車の中でよく聞いていたラジオも、関西圏の放送は次週で最後。

僕の大学生活は、卒業後1年たってひっそりと終えました。

さようなら4年間。

さようなら大学生活。

さようなら最後まで想いを伝えれなかった貴女。

ではまた。社会人に戻り、今を生きようと思います。

今回、過去を振り返る旅をおこなうことができ、最高の休日となりました。読者のみなさんも、思い出の場所へ久しぶりに足を運ぶ旅をするのはいかがでしょうか。